AIを進化させるフュージョンエネルギー
人工知能(AI)はこれまで、テキスト、画像、コード、動画など、インターネット規模で集められた大量のデジタル情報から学習することで急速に進歩してきました。しかし、フュージョンエネルギーはそれとは大きく異なる課題を提示しています。
2026年5月11日
(写真提供:ITER機構)
フュージョンエネルギーでは、データは少なく、生成するのにコストがかかり、さらに過去のさまざまな形式のシステムに分散して保存されています。また、データはリアルタイムで変化する物理過程と密接に結びついています。計算モデルは、非線形なプラズマ挙動や複雑な工学システムを扱い、これまで達成されたことのない運転条件における装置の挙動を予測しなければなりません。
こうしたテーマは、2026年4月28日と29日に開催されたITER官民フュージョンワークショップで議論されました。ITERのSimon McIntosh氏、NTTデータ・イタリアのAntonio Policicchio氏、NVIDIAのTom Gibbs氏、Gaia LabのThomas Kopinski氏が、AIがどのように建設、保守、シミュレーション、そして将来の運転を支え始めているかを説明しました。彼らが強調したのは、フュージョンエネルギーは単なるAIの応用分野ではなく、AIそのものの進化を後押しする可能性があるという点です。
データの扱いにくさ
多くの現代AIシステムは、データが豊富であることに支えられています。ワークショップでの議論の中でGibbs氏は、「大規模言語モデルではデータは安価だが学習は非常に高価である。一方、物理AI(現実世界のシステムから学ぶAI)ではデータの取得が高価であり、学習はそれほどでもない」と述べています。
この違いは非常に重要です。トカマクにおける1回のプラズマ放電は、ウェブページを何十億と集めることとは全く異なります。フュージョンエネルギーでは実験に大きなコストがかかり、装置の使用時間も限られています。また、1回の実験で探索できる運転条件も限られています。そのため、比較的小規模でありながら価値の高いデータから、有用な情報を慎重に抽出する必要があります。
McIntosh氏によると、フュージョン分野ではもう一つ課題があります。それは、過去数十年分のデータが、現代のAIに適した形式ではない形で保存されていることです。「過去のデータを活用するには、いわば“データ考古学”が必要です」と彼は述べています。
例えば、40年以上運転されてきたJETでは、構成が何度も変更されてきました。実験記録やソフトウェア、工学的な情報は今も存在していますが、それらが検索・比較・再利用しやすい形で整理されているとは限りません。McIntosh氏によれば、AIエージェントを使ってファイルの追跡やパターンの特定を行い、埋もれていた運転知識を再構築する取り組みが始まっています。
既存データの回収だけでなく、データ形式の標準化やデータの検証も重要な課題です。McIntosh氏によると、フュージョン分野では約20年かけて共通データ形式の開発が進められてきました。「IMASデータ辞書」と呼ばれるこの枠組みにより、コイル電流や観測データなどを装置間で共通の方法で扱うことが可能になります。また、こうした貴重なデータを扱ってきた研究者が引退期を迎えていることから、データ検証も早急に進める必要があります。
一見すると事務的な作業に見えますが、戦略的には非常に重要です。標準化されたデータにより、機械学習モデルや制御ツール、解析ソフトウェアを他の装置にも応用しやすくなり、分野全体の進展が加速します。
ただし、整理されたデータであっても、アクセス可能でなければ意味がありません。多くの産業分野において、AIの最初の課題は「知能」ではなく「アクセス」です。McIntosh氏は、ITER内部の文書システムに接続されたAIアシスタント「Lucy」を例に挙げています。Lucyにより、技術文書や設計記録などを、これまでの手作業検索に比べて大幅に短時間で取得できるようになっています。
McIntosh氏が紹介した中で最も野心的な構想の一つが、「フュージョンの世界モデル」です。「現在、GPUクラスターを使ってこの世界モデルを構築する計画を進めています」と彼は述べています。
このモデルは、既存のトカマクから得られたデータを学習し、装置の挙動を簡潔に表現するものです。これにより、実験前のシミュレーションや運転手順の検証、故障予測が可能となり、ITERの本格運転に向けた準備を進めることができます。 McIntosh氏は、人が階段の次の一歩を感覚的に予測することに例え、装置の次の状態を事前に予測する重要性を説明しています。
このような世界モデルは、過去の装置から得られた知識をITERに引き継ぎ、運転初日のデータが即座に次の日の予測精度向上に活かされる仕組みを実現します。「このような継続的な再調整と再学習により、データに基づく機械学習モデルの能力は、ITERが切り拓く新しい運転領域とともに発展していきます」とMcIntosh氏は述べています。
Simon McIntosh氏は、ITERのAI処理ニーズに対応するために3月に到着した、新たに設置された8台のGPUの前に立っています。(写真提供:ITER機構)
プラズマ物理に適応するAI
Gibbs氏は、もう一つの加速手段として「サロゲートモデル」を紹介しました。これは従来のシミュレーション結果を学習し、高速に近似結果を出すAIです。従来の高精度シミュレーションには数百~数千GPU時間が必要でしたが、学習後はミリ秒単位で結果を得ることができます。その高速化は103~106倍に達すると見積もられており、リアルタイム解析や意思決定支援の可能性が広がります。さらに、センサー情報と連動した「デジタルツイン」の実現にもつながります。
Gibbs氏によれば、すでにいくつかの装置でデジタルツインは実現されており、ITERでも運転前から開発を始めることは十分可能です。ただし、リアルタイム制御の中核としてAIを使う場合には、モデルの高速化だけでなく、ハードウェアやデータ接続の仕組みも進化させる必要があります。
現在はGPUが主流ですが、Kopinski氏はフュージョンエネルギーには新しい計算アーキテクチャが必要であると主張します。プラズマは非常に動的かつ非線形であり、より高速な応答が求められる場面があります。 「従来はミリ秒単位でしたが、私たちはマイクロ秒単位を議論しています」とKopinski氏は述べています。Gaia Labでは、光を用いたフォトニックコンピューティングにより、「リアルタイムを超える速度」で予測と制御を行う世界モデルの開発が進められています。
今すぐ得られる実用的効果
長期的な研究だけでなく、AIはすでに実用段階でも価値を発揮しています。ITERでは現在、装置の組立・試運転が進んでおり、建設支援が重要な課題となっています。 McIntosh氏は、「AIを使ってデータに基づいた意思決定ができれば、建設スケジュールの短縮やリスク低減、問題への迅速な対応が可能になる」と述べています。
Policicchio氏は、LiDARによる進捗管理や、ポンプ・冷却装置の予知保全などの具体的な活用例を紹介しました。「これらは大規模プロジェクトにおける遅延を減らす鍵になる」と述べています。
ITERの役割はあくまで実験科学であり、これまで達成されたことのない運転条件を実際に検証することにあります。結果は実験によって確認されなければならず、AIだけで代替することはできません。しかし、AIは発見に至るまでの時間を短縮することができます。
ITERは既存のAIを利用するだけでなく、産業AIにおける最も難しい課題に取り組んでいます。すなわち、限られたデータからの学習、分断されたデータの統合、複雑な物理現象の予測、高速な意思決定です。フュージョンエネルギーはAIにとって非常に難しい応用分野である一方、その未来を形づくる重要な舞台でもあります。
編集者注:新しい民間核融合参画(Private Sector Fusion Engagement)プロジェクトのリソースページは こちら をご覧ください。
【引用元】
ITER機構サイト ITER NEWSLINE|
How fusion is teaching AI new tricks at ITER (11 May 2026)