無機絶縁物を利用した硬質ケーブルの均一薄膜めっき技術を開発
量研では,ITER マイクロフィッションチェンバー(MFC)の開発を行っています。
この度、量研は、帝国イオン株式会社 (以下「帝国イオン」という。 )及び株式会社岡崎製作所(以下「岡崎製作所」という。)と共同で、MFCの構成機器である真空容器内に設置する無機絶縁(以下「MI」という。)ケーブルに対して必要となる、均一かつ高精度で、薄膜を実現するめっき技術の開発に成功しました。
[開発の背景]
MFCは、ITERの核融合反応時に発生する中性子の発生量を計測し、核融合出力を評価する重要な中性子計測装置です。 その大きな特徴は、小型のフィッションチェンバー検出器(核分裂計数管)をITER真空容器内に設置することです。 核融合反応を起こす燃焼プラズマに近い位置に設置することで高精度の中性子計測が可能となります。 一方、真空容器内は350℃という高温(MIケーブルのITER運転時の最高到達温度)でかつ高い放射線線量にさらされるだけでなく、ディスラプション1)により発生する強い電磁力など、厳しい環境下にあるため、真空容器内に設置する機器は当該環境に耐える必要があります。 このため、信号ケーブルとして、耐放射線性に優れ、高温環境下(約350℃まで)でも利用できるMIケーブルを採用するため、電磁力に耐えられるかなど、その適用性について、これまで解析や試験を通じて実証してきました。
これに対し、設計活動が進むにつれ、MFCのような真空容器内機器は新たな熱負荷環境に対応する必要があることが判明しました。すなわちプラズマを加熱ために入射するマイクロ波の一部が真空容器自体や真空容器内機器を過熱する可能性があることが判明し、この場合、MIケーブルも過熱され健全性が保てる温度(約350℃)を超え、1,000℃近くまで上昇し破損する恐れが生じました。 この問題を解決する方法の一つは、マイクロ波の過熱を低減できる銅めっきをMIケーブルに施すことですが、めっきを厚くすると、今度は電磁力の影響を受けやすくなるということが課題でした。 このためITERでは、銅をMIケーブルに表面全長にわたって精度よく均一に薄膜(5ミクロン±1ミクロン)めっきすることが求められましたが、MFCのMIケーブルのような比較的硬い線材に均一にめっきするという技術は、これまで存在していませんでした。
1)ディスラプション(核融合プラズマのディスラプション):
プラズマの内部構造が変化し、プラズマ電流が急速に減少してプラズマが消滅する現象。
今回は、この課題を克服し高精度な温度計測を実現するため、上記のタングステン放射率の非再現性と温度ヒステリシスの原因の調査を行いました。ここでは、「放射率の非再現性と温度ヒステリシスはタングステンの再結晶過程に伴う結晶構造の変化に起因する」という仮説を立て、100 μm以下の高空間分解能を有する赤外計測系を開発し、昇温中のタングステン放射率の空間分布の計測を行いました。図1(a)は波長4.56 μmにおける昇温中のタングステン試料表面の放射率、(b)は各温度の放射率の空間分布を示しています。
[薄膜めっき技術の開発]
そこで、量研は、高いめっき技術を有する帝国イオン及びMIケーブルの製作メーカーである岡崎製作所と共同で、新たなめっき技術の開発に着手し、図1に示すような「回転式めっき装置」を開発しました。
図1 新たに開発した「回転式ケーブル用めっき装置」の概略
この装置を使用することにより、保管・輸送時と同じ輪巻き形状(同じ曲率)でMIケーブルのめっきを施すことができるため、形状を変える必要がなく、同時に、めっき槽の小型化も実現することができました。また、当該装置を採用することにより、MIケーブルを螺旋状に巻く方式を採用できるため、1 メートル程度からどのような長さのMIケーブルでも、めっきを施すことが可能になりました。 さらに、回転方式、給電方法、極間距離の差異抑制方式、めっき液循環方式等に独自の工夫を取り入れ新たに開発した「めっき方法」を組み合わせることにより、MIケーブルの円周方向、及び全長にわたって偏りがなく、均一なめっきを施すことに成功することができました。
量研、帝国イオン及び岡崎製作所が開発した「回転式めっき装置」および「めっき方法」を用いて行った均一化めっきの実証試験時の写真を図2に、めっき膜厚の測定結果を図4に示します。 図3の左側はケーブル断面の模式図で、A~Dは膜厚測定箇所です。右側の表は各測定箇所のめっき膜厚の結果を示したものです。 A~Dのいずれの箇所でも膜厚は5ミクロン±1ミクロンの範囲に収める事が出来、ITERの要求値を満たす高精度銅めっきを実現することに成功しました。
外観においても、めっき中にケーブルを動かし、めっき液を攪拌することで、めっき液が均一となり、図4のようにボイド等の欠陥がない高品質な銅めっきを実現することができました。
図2 実機相当のMIケーブルを用ITER実証試験時の様子
図3 めっき後のMIケーブルの銅めっき膜厚
図4 銅めっき後のMIケーブルの表面拡大写真
[実機への適用]
今回開発しためっき技術を適用することにより、量研は、2022年度にITER機構に納入するマイクロフィッションチェンバー計測装置のMIケーブルの実機8本及びステンレス製の排気管4本の銅めっきを2022年3月に実施しました。実施後の工場検査では、膜厚検査、表面検査等全ての検査項目に合格し、MIケーブル及び排気管の一連の製作活動が完了しました。 そして、計画通り、量研がITER機構に輸送する最初の計測装置構成機器として、2022年7月末までに本機器の納入が完了しました。
[特許の取得]
今回、新たにめっき装置及びめっき方法を開発したことにより、これまで不可能とされていた、硬い線材に対し、全長にわたって高精度(膜厚が均一)かつ高品質(ボイドなどの欠陥のない綺麗な表面状態)なめっきを施すことが可能となりました。 本技術は、医療分野などで利用される粒子加速器の入射部品など、高精度のめっき厚が要求される分野にも適用可能であり、幅広い分野への波及効果が期待できます。そこで、量研は、帝国イオン及び岡崎製作所とともに、同技術に対する特許出願を行い、2021年6月に特許を取得しました(特許第6893001号)。さらに、現在、海外特許の取得に向けて、手続きを進めているところです。
[プレス発表]
量研プレスリリース(5/27)
無機絶縁物を利用した硬質ケーブルの均一薄膜めっき技術を開発 ~ ITER計測装置のみならず、加速器など高周波環境下の幅広い分野への応用も期待~
https://www.qst.go.jp/site/press/20220527-1.html
[新聞記事]
日本経済新聞(5/27)国際核融合炉向けにメッキ技術 帝国イオンなど開発
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF247XA0U2A520C2000000/